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自分自身の排他的感情
昨日の「金スマ」で中村中さんがゲストとして呼ばれていました。


その中で

「小学生~思春期に自身と他の同級生との
違いについて感じ始めた。」

というお話がありました。

中村中さんは性同一性障害の方で、
ゲイとは多少異なる点もあるのかとは思いますが、
我々ゲイは誰しも中さんと同時期に
自分の性に対する興味関心に違和感を感じたのではないでしょうか?


俺の性趣向は昔から男性に重きを置いていたように思います。
幼少期から、男子高校生を見ると
なんとなくワクワクとした感覚を持っていたことを今でも覚えています。


そんな俺も中学生になり、
周りではマセているやつらが、
彼氏・彼女を作り始めます。


その頃からでしょうか。
自分は女性を好きにならなくてはいけないという
感覚に襲われるようになりました。


昨日の放送で中さんが

「自分との性趣向の違いに周りからのイジメを受けた。」
「異質なものが目の前に現れた時、それを受け入れるより、排除することの方が容易だったのではないだろうか」

というお話をされていました。

『受け入れるより、排除する方が容易』

この言葉に考えさせられました。



これは自分自身の中でも起こっていた感情だったからです。
自分のセクシャリティを受け入れられなかった頃、
「自分はゲイではないんだ!」
という意識によく駆られていました。
受け入れたくないという思いも十重にあったでしょうし、
自己嫌悪に陥る時はおそらく
併せて自分の中から異質な性趣向を排除しようという
感情もあったのではないでしょうか。


自分がゲイもしくはバイというカテゴリーに入るのだ、
ということは受け入れられているものの、
未だに自分の中に異質なものがあることという感覚は変わりなく、
時にそれを憎み、そして排除しようという心理が働きます。


自分の中に異質なものを発見し、
それを受け入れることが出来ず、
ときに排除しようとすらする。
ゲイなら誰しもが経験する感情なのではないでしょうか。
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2007.06.09 (Sat) 11:20
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